パンくず
診療時、どうやって患者さんの⼼の声を聞く?
〜患者さんの正確な症状把握のために、ベストな対話を考える〜
開催:2024. 8. 20.(Tue) 会場:ノバルティス ファーマ本社
蕁⿇疹は⽇常診療で遭遇する機会の多い⽪膚疾患であるが、全体の約半数を占める慢性特発性蕁⿇疹は患者のQOLを著しく障害することが知られる。しかしながら、アトピー性⽪膚炎や乾癬などの他の⽪膚疾患と⽐較すると、慢性蕁⿇疹による疾病負荷はあまり注⽬されておらず、それが適切な治療選択の妨げとなっている可能性がある。
『蕁⿇疹診療ガイドライン2018』における蕁⿇疹の治療⽬標の⼀つは「治療により症状が現れない状態」とされるが、昨今は慢性特発性蕁⿇疹に対する治療選択肢が増え、より多くの患者で無症状の達成が期待できるようになった。そこで今回は、実臨床における慢性特発性蕁⿇疹診療の課題とQOL改善を⽬指した治療戦略についてディスカッションを⾏った。
座⻑
⽇本⼤学医学部⽪膚科学系
⽪膚科学分野 准教授
葉⼭ 惟⼤ 先⽣
いがらし⽪膚科東五反⽥ 院⻑
五⼗嵐 敦之 先⽣
豊水総合メディカルクリニック
⾼橋 英俊 先⽣
目次
1.⽇常診療で直⾯する慢性蕁⿇疹診療の課題
葉⼭ 蕁⿇疹の病型において、個々の⽪疹に関する直接的原因ないし誘因なく⾃発的に膨疹が出現するものは特発性の蕁⿇疹に分類されます。このうち、発症してからの期間が6週間以内のものを急性蕁⿇疹、6週間を超えたものを慢性蕁⿇疹と呼びます1)。蕁⿇疹はcommon diseaseであり、アジア⼈の慢性蕁⿇疹の有病率は1.4%とも報告されています2)。中でも慢性蕁⿇疹は⽪膚科で診療機会の多い疾患の⼀つかと思いますが、先⽣⽅が⽇常診療の中で感じる課題はありますか。
⾼橋 慢性蕁⿇疹は、治療をやめるとすぐに症状が再発することが少なくありません。都市部では⽪膚科が多いこともあり、なかなかよくならないと感じた患者さんが病院を転々とする、いわゆるドクターショッピングが問題になっています。⼀⽅、地⽅では⽪膚科が少ないので、内科が蕁⿇疹の患者さんを診る機会が多く、内科医による蕁⿇疹の適切な診断や治療がカギとなりますね。
葉⼭ 蕁⿇疹に対する薬物治療の基本は抗ヒスタミン薬ですが、外⽤薬を要望される患者さんが多いですね。
⾼橋 患者さんの多くは「蕁⿇疹が内服薬で治る」と考えてはいないようです。まず内服薬の重要性を知っていただく必要があると感じます。
五⼗嵐 内科では内服ステロイド※が処⽅される機会も⽐較的多いと聞きます。
葉⼭ 内服ステロイドは急性蕁⿇疹では症状を抑制できる場合もありますが、慢性蕁⿇疹に対して漫然と継続投与すべきではないと考えられています1)。また、蕁⿇疹診療の難しさの⼀つは、患者さんから原因の説明を求められることではないでしょうか。
⾼橋 同感です。当院でも「何のアレルギーでしょうか」と、アレルギー検査を希望される患者さんが多い印象です。
五⼗嵐 確かにアレルギー検査を求められることは多いですね。蕁⿇疹におけるマスト細胞の活性化にはⅠ型アレルギーの関与がよく知られますが、広島⼤学の報告ではアレルギー性蕁⿇疹は蕁⿇疹全体の5.4%に過ぎず3)、不思議な病気だなと思います。アレルギー検査をしても原因抗原を同定できることは多くないことを患者さんにどう説明すればよいでしょう。
葉⼭ Ⅰ型アレルギーが疑われるような⽅を除き、特に原因検索を必要としないような患者さんに対しては「全ての患者さんで同じようにアレルギー検査を⾏う必要はないんですよ」「⽇本⼈の4割は花粉症もちだと⾔われるけど、同じくらい蕁⿇疹の⼈がいると思いますか」とアレルギーの代表的な疾患である花粉症を例にとりながら、アレルギーによる蕁⿇疹は患者さんがイメージするより少ないことを説明すると、多くの⽅は検査の意義について納得してくれますね。その他に、先⽣⽅が感じる蕁⿇疹診療の課題はありますか。
五⼗嵐 慢性蕁⿇疹は⽇中の診療時には症状がないことが多く、これも診療において難しさを感じるポイントではないでしょうか。患者さんからも「なぜ蕁⿇疹は⼣⽅以降に出るんですか」とよく聞かれます。
葉⼭ マスト細胞の活性は概⽇リズムによって制御されており、休息期に⾼まることがマウスの実験によって⽰されています4)。蕁⿇疹患者さんの「夜眠れなくて困っている」という訴えは当然ともいえますが、睡眠不⾜により蕁⿇疹がさらに悪化する可能性もあります。
※本邦では蕁⿇疹(慢性例)に対する保険適⽤は未承認
2.蕁⿇疹の診断のポイント
葉⼭ 蕁⿇疹の症状把握の難しさをご指摘いただきましたが、慢性蕁⿇疹は診察時に症状が治まっていることが多いため、診断に難渋する場合があります。
⾼橋 最近は、症状が出たときの写真をスマートフォンでみせてくれる患者さんも多いですよ。
葉⼭ 蕁⿇疹の診断は画像だけでは鑑別が難しい場合もありませんか。症例の画像を1件お⽰ししますが(図1)、先⽣⽅はどう判断されますか。
五⼗嵐 典型的な蕁⿇疹にみえますね。
葉⼭ 境界がはっきりした膨疹で、これは蕁⿇疹の典型例ですよね。本症例は⽇中に症状が出現するタイプでしたが、個⼈的にはそうしたタイプに重症例が多いように感じます。このような典型例の診断は⽐較的容易かと思いますが、鑑別が難しいケースはありますか。
⾼橋 私からも症例の画像を⽰しますね(図2)。⼀⾒すると膨疹にみえるため、蕁⿇疹か多形紅斑か分かりにくいのです。患者さんに話を聞いたところ、「⽪疹がずっと出続けている」とのことで、多形紅斑だろうと判断しました。
五⼗嵐 多形紅斑は写真だけでは鑑別が難しいことがあります。そうした場合、私は症状の時間経過について聞くようにしていますね。数時間で消えて治まるのであれば蕁⿇疹、そうでなければ多形紅斑の可能性が⾼いです。
葉⼭ 『蕁⿇疹診療ガイドライン2018(以下、本邦ガイドライン)』1)でも⽰されている通り(図3)、「24時間以内に出没すること」が蕁⿇疹の診断の重要なポイントとなりますね。
五⼗嵐 そう思います。本邦ガイドラインの診断基準に則れば⼤部分の症例で診断は可能です。ただ、実臨床では時間経過の基準に当てはまらないケースでも蕁⿇疹と診断されていることもあるようですので、診断基準を改めて理解することが重要ではないでしょうか。
図1.慢性特発性蕁⿇疹(40代男性)
葉⼭先⽣ご提供
図2.多形紅斑(40歳男性)
⾼橋先⽣ご提供
図3.蕁⿇疹の診断 蕁⿇疹の特徴は個々の⽪疹の経過にある。すなわち、痒みを伴う紅斑が24時間以内に出没することが確認できればほぼ蕁⿇疹と考えて良い。 蕁⿇疹診療ガイドライン2018. ⽇⽪会誌. 2018;128(12):2503-2624.p.2504. Ⓒ⽇本⽪膚科学会 2018 |
3.慢性特発性蕁⿇疹のQOLへの影響
葉⼭ 次に、慢性特発性蕁⿇疹がQOLに及ぼす影響についてご意⾒を伺いたいと思います。実臨床では、患者さんはどのようなことに困っていることが多いでしょうか。
⾼橋 やはり「とにかく、痒くて痒くて眠れない」といった訴えが多いですね。蕁⿇疹症状そのもののつらさに加え、夜間睡眠不⾜もQOLに影響する可能性があります。
葉⼭ 慢性蕁⿇疹患者を対象にしたWebによる「RELEASE調査」における、疾患別にみたDermatology Life Quality Index(DLQI)スコアの平均値は、アトピー性⽪膚炎6.1、乾癬4.8に対し慢性蕁⿇疹は4.8と、慢性蕁⿇疹患者のQOLはアトピー性⽪膚炎や乾癬などの他の⽪膚疾患と同様に障害されていることが⽰唆されました5)。
五⼗嵐 乾癬は⾒た⽬の変化を苦痛に感じる患者さんもいるかと思いますが、慢性蕁⿇疹の患者さんのQOL低下も軽視できないですね。
葉⼭ また、Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire-General Health(WPAI-GH)スコアという指標を⽤いて、慢性蕁⿇疹による労働⽣産性への影響が評価されています(表1)5)。これをみると、Urticaria Control Test(UCT)が8点未満のコントロール不良の患者のみならず、UCTが12点以上のコントロール良好の患者であっても労働⽣産性が低下していることが⽰唆されています。例えば、Absenteeismとは「⽋勤や休業が原因で⽣産性が低下している状態」を指しますが、コントロール不良の患者では2.9%、コントロール良好の患者では2.8%であったことから、蕁⿇疹を有すること⾃体がリスクとなり得ると考えられます。また、睡眠に対する影響に関しては、慢性蕁⿇疹患者全体の57.1%が夜間の痒みによって睡眠を障害されていました5)。コントロール良好の蕁⿇疹とは、症状としては軽症といってもよいと思いますが、それでも夜間症状による睡眠不⾜のせいで朝起きられないなど、さまざまな要因が⽇中のパフォーマンス低下に影響しているのかもしれません。
五⼗嵐 当院でも、痒みが原因で睡眠不⾜を訴える患者さんは多いです。睡眠の質の改善は慢性蕁⿇疹治療における重要なテーマの⼀つであり、何とか眠れるようにしてあげたいですね。
葉⼭ 私が経験した印象的な症例をお話しします。17歳の⾼校⽣で、5年前に慢性蕁⿇疹と診断されました。この⽅は部活動でチアリーディングをやっていたのですが、夜間の痒みで⼗分に眠れず、⽇中は満⾜に練習できない状態でした。なかなか改善しない痒みを保冷剤で患部を冷やすなどして対応されていたものの、当科初診時は⽇常⽣活でのつらさを泣きながら訴えられていました。診療を続けたところ、部活動にも復帰できて全⽶⼤会にも出場したそうです。蕁⿇疹によって輝かしい⼈⽣が変わってしまう可能性もあった、ということを感じさせられた⼀例でした。
4.薬物治療の実際
葉⼭ 本邦ガイドラインに「蕁⿇疹の薬物治療では⾮鎮静性の第2世代抗ヒスタミンの内服を基本とする」との記載があるように1)、抗ヒスタミン薬は蕁⿇疹の薬物治療の中⼼です。RELEASE調査では、慢性蕁⿇疹患者の67.0%が抗ヒスタミン薬を処⽅されていました。⼀⽅で、UCT≧12(コントロール良好)の割合は全体の36.1%でした(図4)5)。抗ヒスタミン薬による治療を⾏っていても、⼗分なコントロールが得られず、治療満⾜度の低い患者さんが存在する可能性が⽰唆されています。
五⼗嵐 抗ヒスタミン薬が処⽅されたとしても、実臨床では服薬アドヒアランスの実現が課題となります。患者さんに残薬状況を聞くと「あれ、数が合わないな」ということがしばしばありますよ。
⾼橋 定期的に通院されている患者さんはきちんと服薬しているように思いがちですが、飲み忘れは意外に多いのかもしれませんね。
葉⼭ 抗ヒスタミン薬の有効性に関するシステマティックレビューでは、通常量の抗ヒスタミン薬で効果がある慢性特発性蕁⿇疹の患者は38.6%、抗ヒスタミン薬の増量で効果のある患者は63.2%と報告されています6)。
五⼗嵐 抗ヒスタミン薬は適切に処⽅し、必要に応じて増量すれば約6割の患者さんで効果が期待できるということですね。にもかかわらずRELEASE調査ではコントロール良好の割合が36.1%に過ぎなかったことは、正しく服⽤できていない患者さんが思っている以上に多いということでしょうか。
葉⼭ 若い患者さんですと、朝は忙しくて飲み忘れることがあるため、就寝前に服⽤する製剤を希望される⽅はいますね。⼀⽅、コリン性蕁⿇疹では、⽇中の症状がつらいので朝服⽤する製剤が適する場合があります。患者さんの⽣活スタイルや症状が出る時間帯によって使い分けることが肝要かと思います。
五⼗嵐 ⾃⼰判断で服⽤を中⽌してしまう患者さんもいませんか。
⾼橋 いますね。私は個々の患者さんのキャラクターをみながら服薬指導するようにしています。また、蕁⿇疹は30代の⼥性に多いとされ7)、家事や育児に疲れて飲み忘れてしまうこともあるでしょう。その結果、症状の悪化と睡眠不⾜の悪循環を招く恐れがあります。
葉⼭ 抗ヒスタミン薬だけでは、全ての患者で⼗分なコントロールを得るのは難しいかもしれません。⼀⽅で、補助的治療薬は慢性特発性蕁⿇疹においてはエビデンスが乏しく、効果的に使うのは難しいのが実情です。
表1.慢性蕁⿇疹の労働⽣産性に対する影響
コントロール状況別 WPAI-GHスコア
WPAI-GH:過去7⽇間の仕事への影響を評価する指標。absenteeism(⽋勤)、presenteeism(出勤している労働者の⽣産性低下)、労働⽣産性損失、⽇常活動能⼒損失の4つの下位尺度により構成されている。障害度および⽣産性低下の割合を%で表し、スコアが⾼いほど仕事や⽇常活動に⼤きな障害が⽣じていることを⽰す。
図4.慢性蕁⿇疹のコントロール状況
慢性蕁⿇疹患者を対象にしたインターネットによる「RELEASE調査」
治療状況:慢性蕁⿇疹患者の67%が抗ヒスタミン薬を処⽅され、43%が経⼝コルチコステロイド*を処⽅されていた。
*:経⼝コルチコステロイドの慢性蕁⿇疹に対する効能⼜は効果は承認外
対象・⽅法:2017年4〜5⽉に⽇本で実施した、Webによる横断的⾮介⼊観察研究。蕁⿇疹、乾癬、および/またはアトピー性⽪膚炎と診断されており、過去1年以内に医療機関への受診歴がある患者を対象に、アンケートによるオンライン調査を⾏った。調査項⽬には⼈⼝統計学的特性、受療状況、蕁⿇疹の疾患コントロール度などが含まれた。さらに、現在および過去12ヵ⽉間で最も症状が重かった4週間のDLQI、WPAI-GH、UCTについても回答を求めた。
調査の限界:医師による診断が各調査参加者による報告に依存していたこと、過去の最も症状が重かった状態について患者が思い出して回答している情報を含んでいること、軽度〜重度のさまざまな状態の患者を募集したことがあげられる。
Itakura A, et al. J Dermatol. 2018;45(8):963-970.
本研究にノバルティスは資⾦提供を⾏いました。著者にノバルティスの社員が含まれます。著者にノバルティスより講演料/コンサルタント料を受領している者が含まれます。
5.蕁⿇疹の症状把握の難しさ
葉⼭ 慢性特発性蕁⿇疹患者を対象に⾏われたアンケート調査によれば、⽇中の痒みについて重症と評価する割合が、開業⽪膚科受診患者では70%であるのに対し、開業⽪膚科医は35%と、患者と医師の間でギャップがあることが⽰唆されました(図5)8)。医師が思っている以上に患者さんは困難を抱えている可能性があります。先⽣⽅は症状の把握や患者さんとのコミュニケーションにおいてどういった⼯夫をされていますか。
⾼橋 症状の把握にはUCTのような簡便かつ客観的な指標が有⽤ですよね。
五⼗嵐 質問数が少ないツールならば患者さん側の負担も少ないので使いやすいです。⽇常診療でも導⼊しやすいと思います。
葉⼭ 私は初診患者さんの診察では30分ほど時間をかけて、本⼈が困っている状況や程度を聞き出すよう努めています。ただし、コントロール状態のスコア化は診療時間の短縮にもつながりますし、治療中の患者さんにおいては治療強化を判断する根拠にもなります。2022年の国際ガイドラインでは、UCTに基づいた慢性蕁⿇疹治療の強化・維持・減弱の基準が提案されています(図6)9)。
五⼗嵐 私も1ヵ⽉ごとのスコアの推移をみながら、改善がない場合は治療強化を考慮するなど、治療⽅針の参考にすることはあります。
葉⼭ 注意点としては、慢性蕁⿇疹の治療は時間がかかるということを治療開始前に理解していただく必要があります。患者さんは、スコアが⼀時的に改善しただけですぐに治療薬を減らしてほしいと要望することがあります。スコアだけを⽬安に杓⼦定規に治療を選択するのは難しいように思います。
⾼橋 評価ツールはあくまでコミュニケーション⼿段の⼀つと捉えるとよいと思います。「最近は点数がよいですね。よくコントロールされていますね」「あまり点数がよくないみたいですが、飲み忘れはありませんか」など、服薬指導やモチベーション維持に活⽤するとよいのではないでしょうか。
図5.⾃覚症状に対する医師と患者のギャップ
⽇中の痒みの評価に対する医師と患者のギャップ
対象・⽅法:ヤフーバリューインサイト(株)[現・(株)マクロミル]が、1,736,481名の登録パネルを⽤いて、2009年10〜11⽉に蕁⿇疹治療のために医療機関を受診(受診前1週間は処⽅薬を内服せず)した16歳以上の患者560,027例を対象にアンケート調査を実施した。初回受診時に慢性特発性蕁⿇疹で内服薬を処⽅された594例に対し、「症状に対するつらさ」や、「薬物治療の満⾜度」および「医療機関への受療意識」などの調査を⾏った。
古川福実. 新薬と臨牀. 2011;60(7):1402-1410.
図6.UCTに基づいた慢性蕁⿇疹に対する治療調整(EAACI/GA²LEN/EuroGuiDerm/APAAACI国際ガイドライン)
Zuberbier T, et al. Allergy. 2022;77(3):734-766.より改変
6.治療⽬標と治療強化の⽬安
葉⼭ 本邦ガイドラインでは、蕁⿇疹の治療の第⼀⽬標は「治療により症状が現れない状態」、最終⽬標は「無治療で症状が現れない状態」とされています(図7)1)。先⽣⽅は慢性蕁⿇疹の治療⽬標についてどうお考えですか。
⾼橋 初診の患者さんは、痒みで眠れずに困っていることが多いため、まずは⽇常⽣活に影響がない状態にしてあげることが⼤切ではないでしょうか。次に、抗ヒスタミン薬の内服継続による⽪疹の完全な抑制、と段階的に⽬標を引き上げていくようにしています。
葉⼭ 第⼀⽬標の前段階の⽬標として、UCT12点程度を⽬指すイメージでしょうか。
五⼗嵐 私も同意⾒で、当⾯の治療⽬標として⽇常⽣活に⽀障がない状態を⽬指すことはアトピー性⽪膚炎などの治療でも同じですよね。ただし、患者さんにとっての「完治」とは無治療で症状がない状態でしょう。やはり最終⽬標はそこに設定したいですね。
葉⼭ 国際ガイドラインでも、治療のゴールとは症状が消失することであり、完全なコントロールおよびQOL正常化を⽬指すことが提唱されています9)。
続いて、治療強化の⽬安についてお聞きします。本邦ガイドラインにおける、特発性の蕁⿇疹に対する薬物治療⼿順では、蕁⿇疹の症状と効果に応じてステップアップし、症状軽減がみられれば原則として患者負担の⾼いものから順次減量、中⽌することが提案されています1)。すなわち、Step1は抗ヒスタミン薬から開始し、効果がない場合はStep2として補助的治療薬を併⽤します。Step1、2の治療が無効な場合はStep3の治療を⾏います。さらに重症、難治性の場合は試⾏的治療が考慮されます。先⽣⽅がStep3へのステップアップを検討される⽬安や患者さんへの説明のポイントはありますか。
⾼橋 治療強化は、基本的には症状と効果をみて判断しますが、cost effectivenessの観点からも患者さんの価値観を尊重する必要があります。患者さんには、治療には適切な強度があることや治療コストについても説明した上で、対話しながら治療⽅針を決めていきます。
五⼗嵐 Step2の治療を⾏っても⽇常⽣活に⽀障がある、今の状態がこの先も続くのがつらい、さらなる改善がほしい、という患者さんに対してはStep3の治療を検討します。治療コストについてもご理解いただいた上で、「迷っているならば⼀度試してみませんか」という形で提案することが多いですね。
葉⼭ 本邦ガイドラインでは薬物治療の休薬や投与間隔の延⻑に関する記載もあり1)、こうした使い⽅も併せて説明すると安⼼していただけるかもしれませんね。
⾼橋 私も同様です。Step2の治療を⾏っても⽇常⽣活に⽀障があり、他の治療オプションを希望される場合にStep3の治療を考慮します。患者さんに提案する際には、⼀度治療を強化して⼗分なコントロールが得られれば、ステップダウンして再び抗ヒスタミン薬のみの管理に戻れる場合もあると説明しています。
葉⼭ 受験期間中だけ治療の強化を希望されるような患者さんもいます。RELEASE調査で⽰された通り5)、UCT≧12の患者さんでもQOLは障害されている場合があります。たとえ労働⽣産性の低下が10%であっても、受験⽣にとって勉強の効率性が10%下がるのはつらいでしょう。UCTの点数にかかわらず本⼈が⽀障を感じているならば、そこは介⼊すべきと考えます。
⾼橋 当院でもそうした患者さんはいます。とりあえず受験が終わるまで治療を強化し、その後の治療⽅針はそれから考えましょうとお話ししています。
五⼗嵐 受験のような特定のライフイベントを乗り越えることも⼤切ですが、やはり最終的には全ての患者さんが健康な⼈と変わらない⽇常⽣活を送れるようにしてあげることが重要ですね。
図7.蕁⿇疹の病型と治療⽬標
蕁⿇疹診療ガイドライン2018. ⽇⽪会誌. 2018;128(12):2503-2624. p.2510. Ⓒ⽇本⽪膚科学会 2018
まとめ
⾼橋 慢性特発性蕁⿇疹に対する⽣物学的製剤を含めた治療選択肢が登場したことで、これまでUCT16点の達成が難しかった患者さんでも症状ゼロを⽬指せる可能性が出てきました。それまでは、どのような治療を⾏っても、症状が残り困っているという患者さんの存在も、ある意味普通でしたから、蕁⿇疹を治すことができる、症状ゼロを⽬指せるようになったというのは⼤きな変化です。葉⼭先⽣が話された⾼校⽣の症例のように、⽣活が破綻するほどつらい思いをされていた患者さんにとっては、⼈⽣が変わるほどの恩恵が得られることもあると思います。
五⼗嵐 多くの患者さんで蕁⿇疹を治すという⽬標を設定することが可能になりましたね。患者さんが⽇常⽣活の中で感じている苦痛や、治療に希望する内容はさまざまです。コミュニケーションを通じて、⼀⼈ひとりの患者さんに適した治療を選択していきたいですね。
葉⼭ 慢性蕁⿇疹は時間経過で出没し、⽪膚の変化もありません。患者さんは放っておいても治ると錯覚することがありますが、あまりにひどくなると「Impossible」の状態になってしまう恐れがあります。私たちが適切な診断・治療を提供し、ちょっとした⼯夫を加えることで、「Iʼm possible」を⽬指せるのではないでしょうか。本⽇はありがとうございました。
⽂献
1) 蕁⿇疹診療ガイドライン2018. ⽇⽪会誌. 2018;128(12):2503-2624.
2) Fricke J, et al. Allergy. 2020;75(2):423-432.
3) ⽥中稔彦, 他. アレルギー. 2006;55(2):134-139.
4) Nakamura Y, et al. Allergol Int. 2020;69(2):296-299.
5) Itakura A, et al. J Dermatol. 2018;45(8):963-970.
6) Guillén-Aguinaga S, et al. Br J Dermatol. 2016;175(6):1153-1165.
7) ⽥中稔彦, 他. アレルギー. 2015;64(9):1261-1268.
8) 古川福実. 新薬と臨牀. 2011;60(7):1402-1410.
9) Zuberbier T, et al. Allergy. 2022;77(3):734-766.
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