パンくず
英国におけるMSナースの誕生と役割の変遷
多発性硬化症(MS)ナースは日本ではまだ新しい概念であるが、専門看護師としてMS患者の包括的ケアに従事する看護師を指す。英国では、1990年代初頭には全国のMSナースはわずか3名であったが、2001年に英国王立看護協会、MS Trust、英国MSスペシャリストナース協会によって、診断時や疾患全体を通じて情報・支援を提供し、協働的で包括的なケアを行い、患者の自己管理を支援することを目的として制度化された。その後、疾患修飾療法(DMT)の進歩、高度看護実践の普及、慈善団体・製薬業界からの支援、医師不足による高度看護役割の拡大、看護師自身の活動推進力などを背景に徐々に増加し、現在は300名を超えている。MSナースは看護学校卒業後平均5年以上の職務経験を持ち、特に神経内科や症状別専門分野(失禁ケアなど)の経歴を持つ場合が多い。約8割が急性期病院に勤務し、残りの2割は地域医療で活動しており、診療チームの一員として高く評価されている。
MS管理におけるMSナースの役割もこの30年間で大きく変化し、現在はより複雑化している。1995年のMSは利用可能な治療が限定的で予後不良な疾患であり、ケアコーディネーターと個別化ケアがMSナースの役割であった。これに対して2024年ではhigh efficacyなDMTの普及に伴って予後が改善され、患者のライフスタイルや健康維持も重要視されるようになり、MSナースの継続教育の必要性が認知された。一方、解決すべきMSナースの課題として、人員不足、ケアの複雑化、事務作業増加、複雑な治療管理が挙げられる。
多職種連携におけるMSナースの役割と成果
理想的なMSの包括ケアには医師、看護師、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー、臨床心理士など多職種の連携が不可欠である。多職種連携におけるMSナースの役割は多岐にわたり、英国の国立神経内科・脳神経外科病院(NHNN)における主な活動例は、診断初期のサポート、治療の継続管理、相談窓口、妊娠支援、多職種連携外来、新規治療パス開発、成功事例の共有である。今日では、リーダー職、臨床スペシャリスト、処置専任職、リサーチナース、非看護スタッフなど、様々な領域に特化した職種に分かれており(図1)、英国におけるナース主導の革新的事例として看護師主導の排尿障害・複雑性尿路感染症の専門クリニック、DMT多職種チームクリニック、入院予防および自己管理支援のためのリハビリテーションなどがある。
MSナースの活動成果として、英国では疾患経過全体にわたる支援・教育、および提言活動、MS診断初期の教育と支援・DMT開始の支援・早期発見と予防を重視した支援活動、治療のコンプライアンスと継続の推進、再発管理、効果的な症状管理、患者サービス開発、後継者育成が達成されている。オーストラリアと英国の調査では、MSナースが患者の疾患に対する不安の軽減、情緒的支援に重要な役割を果たし、容易にコンタクトをとれる存在であることが強調されており、MS患者から高く評価されていることが示された1,2)。
MSナース教育とMS Nurse Pro
英国における教育構成は、現場研修が約8割、学会・講習などの正式教育が約2割である。英国では2008年からMSナース能力基準が存在しており、2024年改訂版では基礎・中級・上級の3レベルが設定され、上級になると臨床リーダーシップ、複雑な症例の管理、および上位のMS看護師向けのサービス開発などに携わる3)。教育プロセスでは、就任後すぐオンライン学習プラットフォームであるMS Nurse PROを受講開始し、5日間の集中コースと大学認定課題から構成されるMS Trustの基礎モジュール、コース修了後の課題(レベル6/7-バーミンガム・シティ大学認定)を修了した後、年単位または1年おきに開催されるカンファレンスやフォーラムの参加を経て4~5年目でMS Academyの多職種向け教育(基礎・上級)を修了するのが一般的である。
MS Nurse PROはMSナース自身が開発に携わったMSナースのための無料プログラムで、国際継続看護教育単位による認定資格付き教育が受けられるほか、継続的専門能力開発の証明にも利用可能であり、MSケアに熱意を持つ看護師同士がつながる国際的な学びのコミュニティとしても機能している。MSの理解、治療薬の管理など5つのモジュールで構成されており、学習形式はeラーニング、最新トピックの記事、ウェビナー、学会参加などである。14言語対応、17ヵ国で展開されており、日本語版は2025年8月より順次公開されている(図2)。全世界では現在までに約1,800名が登録し、毎年約450名が認定コースを修了している。2018年の調査では、97%の看護師が日常業務に有用と回答し、62%が看護実践にポジティブな変化を実感するなど4)、患者説明や医師とのやり取りにおける自信とスキルの向上が期待できる。
MSの看護における今後の展望と課題
今後は、患者ケアの質向上、自己管理支援、心理的対処力強化、患者協働によるサービス共同開発、非医師処方権の拡大の機会を増やしていく一方、増加する責務と境界管理、役割の保護と定義、価値の可視化(待機時間短縮、診断までの期間短縮などデータ活用)、人材確保(5年以内に約10%が退職年齢に到達)、孤立したナースの支援などの課題への対応が必要である。英国のMSナースは、DMT普及とともに役割を拡大し、多職種連携医療の要として、診断から長期フォローまで包括的ケアを担い、患者の生活の質向上に貢献している。今後も国際的教育資源を活用しつつ、後進育成と制度整備を進めることが重要である。
参考文献
1) https://www.msaustralia.org.au/wp-content/uploads/2022/04/msa_ms-nurses-report_web.pdf 2025年8月27日閲覧
2) https://mstrust.org.uk/sites/default/files/defining-the-value-of-ms-specialist-nurses.pdf 2025年8月27日閲覧
3) https://www.mssociety.org.uk/sites/default/files/2024-06/UKMSSNA-Competency-Booklet_0.pdf 2025年8月27日閲覧
4) https://emsp.org/wp-content/uploads/2022/12/MS-Nurse-PRO_Nurse-Session-1-MS-treatment-and-research_ECTRIMS_26-OCT-2022.pdf 2025年8月27日閲覧
ご所属、ご講演内容については2025年7月作成時点のものです