PROACTIVEなMS治療~医師と患者ができること~
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時間的多発性が薄れつつあるMSの疾患概念

多発性硬化症(MS)は“空間的多発性と時間的多発性を伴う中枢神経系脱髄疾患”とされていたが、近年、この疾患概念が変わりつつある。MSの診断基準としては、MRIの所見を組み入れたMcDonald診断基準が現在も広く使われている。本診断基準は定期的に見直されており、より早期の診断が可能になった。現行版は2017年改訂版であるが、2024年の欧州多発性硬化症学会(ECTRIMS)で発表される予定の診断基準は昨年から改訂の議論が始まっており、国際諮問委員会会長であるXavier Montalban先生がECTRIMSのPodcastでこの診断基準の変更点を概説している1)
改訂の要点として、すでにMSと診断されている、単一の脱髄性症状で発症するclinical isolated syndrome(CIS)の一部に加え、MSを示唆するMRI所見はあるが無症状のradiologically isolated syndrome(RIS)の一部もMSと診断する点で、時間的多発性という疾患概念が薄れてきている。その他、空間的多発性の概念を拡大して視神経を5番目の領域とする、特異度向上を目的とし新技術を用いてMSに特徴的なMRI所見(central vein sign、paramagnetic rim lesions)を導入する、診断マーカーとしてkappa free light chainを利用する、などがある。
近年、MSの前駆症状が注目されている。カナダ保険データベースの調査では、MS患者は診断前の5年間に神経系や非特異的症状、骨・筋・結合組織系、感覚器系などのさまざまな理由で病院を受診することが多いと報告されている2)。また、米軍兵士を対象とした研究では、MS発症6年前から血清中ニューロフィラメント軽鎖が上昇していることも示されている3)。これらの報告から示唆されるのは、MS発症数年前から中枢神経で炎症が生じている可能性である。MSの疾患概念は時間的多発性から、中枢神経での“慢性炎症”に置き換わってきているといえよう(図1)。

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PROACTIVEなMS治療とは

「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」には、「MSの治療目標は、発症初期から脳や脊髄の組織を保護し、生涯にわたって脳の健康を最大限に維持することである」とある4)。MSは病初期から脳や脊髄の組織が破壊されることから、まさに核心を突いた記載といえる。中枢神経の組織損傷をリアルタイムに評価する方法として、血清中ニューロフィラメント軽鎖やMRIによる脳容積定量が候補
として研究されているが、臨床応用にはなお課題が残る。
同ガイドラインでは診断後の初期に再発頻度やMRI活動性が高い、総合障害度スケール(EDSS)が高い、脳萎縮が強いといった再発寛解型MS(RRMS)には有効性の高い疾患修飾薬(DMD)で治療を開始することが推奨されている[推奨の強さは2(弱い)]。しかし、診断後初期から組織損傷が起きている可能性を想定して、予後不良因子や脳萎縮の程度が低いといった一部のRRMS以外は有効性の高いDMDで治療を開始する、“PROACTIVE(先を見越した)”な治療方針を考慮すべきではないだろうか。例えば、感覚障害がみられるだけで疾患活動性は低く、予後不良因子も多くないといった表面に現れる症状は軽くても、水面下では脳萎縮や認知機能の低下がある、MRI活動性が高いといった症例に対しては、PROACTIVEにナタリズマブやオファツムマブの投与開始を検討した方がよいと考えている。

MSWS-12で診察室では歩行に問題がなかったMS患者の歩行障害を拾い上げる

MSの症状は、疲労、作業能力低下、歩行障害、視力障害、構音障害、痛み、性機能障害、膀胱・消化管障害、認知機能障害と多彩であることから、疾患進行を的確に捉えるためには多面的に評価する必要がある。歩行機能の評価指標として、Multiple Sclerosis Functional Composite(MSFC)の検査項目の1つである25フィート時間制限性歩行試験(T25FW)がある。25フィート(7.62m)の歩行に要した時間(秒)を測定し、2
回の平均値をスコアとする。当センターでは約5年前からMS患者に年1回T25FWを行い、歩行機能を評価している。その結果、EDSSとMS特異的QOL尺度であるFunctional Assessment of Multiple Sclerosis(FAMS)はT25FWといずれも相関していることが示された。T25FWが高くなるほど、EDSSは高くなり、QOLは低下するが、EDSSが3.0未満の軽症例では歩行障害を正確に評価しきれていないことが示唆された。そこで、患者報告アウトカム(PRO)を利用して、T25FWで評価しきれないMS患者はどのくらい歩行に困っているのかを調査した。
英国のHobartらが開発した12-item Multiple Sclerosis Walking Scale(MSWS-12)は、12の質問からなる調査票で、日常生活における歩行に関する問題を拾い上げることが可能である5)。この度、同調査票の日本語版を作成し、MS患者60例を対象に横断的に評価した。その結果、EDSSが3.0未満で診察室では歩行に問題がなかったMS患者40例のうち約3割に何らかの歩行障害があり、バランスに問題がある、階段昇降に制限がある、立ちながらの作業が困難といった回答が多かった6)。歩行障害に限らず、患者さんの声を拾い上げるという手段が非常に大事であることを再認識した。
そういった観点で活用したいのが、MS患者さん向け症状記録アプリ「ekiva(エキーバ)」である(図2)。ドイツで先行して使用されており、つい最近、日本でも使用できるようになった。MS患者さんは症状を簡単に記録したり、診療時の相談内容、治療に関する質問などをメモしたりできる。当センターでも数名の患者さんにアプリの使用をお願いした。活用することで、医師も患者さんの症状の変化を把握でき、限られた診療時間の中で患者さんとのコミュニケーションが深められるだけでなく、患者さん側の治療参画意識を高めることも期待できると考える。

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1) The ECTRIMS Podcast Episode 26: Efforts Towards a Better MS Diagnostic Criteria(2024年2月13配信)
https://ectrims.eu/podcast/episode-26-efforts-towards-a-better-ms-diagnostic-criteria/(2024年7月31日閲覧)
2) Wijnands JM, et al.: Mult Scler. 2019; 25(8): 1092-1101.
3) Bjornevik K, et al.: JAMA Neurol. 2020; 77(1): 58-64.
4) 日本神経学会監修:多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023. 医学書院, 2023, p.158
5) Hobart JC, et al.: Neurology. 2003; 60(1): 31-36.
6) Miyazaki Y, et al.: Mult Scler Relat Disord. 2024; 89: 105768.

ご所属、ご講演内容については2024年12月作成時点のものです


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